みなさんお久しぶりです。入院して闘病してるので書きます。いつアップできるのか分かりませんが、現時点(11/27)では絶賛入院中ではあります。
検査入院まで含めて入院は5年弱なかったのでそこまでの経緯を。
通院はずっとしてました。だいたい2カ月ペースでみて採血して薬もらってってサイクルでした。
5年の間に主治医は3回くらい変わりましたかね。
その間に仕事も変わり工場勤務となりせっせと働いてました
徐々にではあるが体調が悪化してはいたんですね。その自覚が現れたのが夏でしょうか。
10日ほどあった夏休みをほぼ寝て過ごしていました。
激務からくる精神的なものと加齢によるものと思ってましたが、10日も休めば後半くらいは元気に動けそうなもんだったのですが、これがなかなか。
そして11月に入って睡眠できないという事態に。息が苦しくて寝ていられないんですよね。ちょうど2022年のトレンドである睡眠の質を改善なんてのが流行しているのですがそれをせっせと飲んでいたのですが悪化。
もちろん、仕事はとても辛いわけです。動けてないといけない仕事ですから。それなのに動けないし眠れないわけですから。頻繁に辞めようって考えるくらいしんどい日々で、こらしょうがない、「いのちだいじに」でいこうと、もう5日も待てば通院だったのですが病院に電話をいれて月曜日にいってきました。薬を調整してもらって動けるようになったらラッキーくらいの気持ちで。それが11/14。
はじめて会う女医に説明していると、血液検査とレントゲンと心電図というお馴染みのセットをしたら「今から」入院ということになりました。マジかよ。いちおう夜勤あったんだぜ。
レントゲンをみると肺にかなり水がたまっている状態。それはどうしてかというと心臓がちゃんと機能していないからで、なおかつその心臓のほうもかなり肥大していると。
つまり、バイヤーズセレクトじゃなくてジャストヤバい状態。
で、なし崩し的に病棟に連れて行かれる。1回家に帰って荷物とか用意してきますといったらそれもダメと。いま、心不全の気がすごいから運転中に失神状態なる可能性も高いって。おれよくこれたな。
病室についてから、あちこちにLINEを送ったり電話したり。
つーか、前の通院のときも同じようなことは訴えたんだけどな。あの主治医はどう考えていたんだろう?というか、入院してしばらく経つけどあの主治医いっさい病室に顔を出すことないな。そこらへんはどうなってるんだろう?
またまた検査入院してきたよ日記
7月23日から25日まで心臓の検査入院してきました。
2017年10月に行った検査入院と対になっているもので、検査入院は通常、3年くらいに1回行い、そのあと、検査入院の結果どうなったか?という検査のために8ヶ月後くらいにもう1回行うそうです。その結果どうなったか編ですね。
ただそれは日本だけで、アメリカなんかは最初の1回のあとずっと放置だそうです。
それを医者にいわれておれはどう答えればいいのかわからないけど、日本人なのでニヘラニヘラと笑っていたのでした。
今回はほとんどイレギュラーな事態がなかったことがトピックなくらい。
前回同様、右手首の動脈より穴を開けてワイヤーを通しそこから心臓の様子をみて異常がなければ30分くらいで終わりますの通り30分くらいで終わりました。
前回はここで異常がみつかって股の付け根から急遽ペースメーカーを通すという緊急事態のために、術後絶対安静状態になり、膀胱が破裂しそうになるという責め苦があったけど、今回は、手術直後からトイレに歩いてひとりで行くことができた。
姿勢を固定しなければならないということもなく、手首は最初の2時間固定で、あとは動脈の血を押さえるためにぎゅーって押さえるプラスチックの器具。これは使い捨てで、なおかつこの病院のは安物だから痛いんだとは先生がおっしゃてたとおり痛いのと、2日間ずっとつけている点滴。生理食塩水を流してるだけなんだけど、検査のときにつかう造影剤を薄めるために必要な処置だそうです。これが邪魔くさいのと。
あと蚊に刺されたくらいの手首の傷がずっと痛いね。
(これが直後の感じ。むくみまくり。手首のプラスチックが痛い)
ジジイふたりが前住者でいて、夏だからって、彼らが入り口側で、おれが窓際でずっと暑かった。窓を開けたら世界一のスタバがみえる風景最高だけど、そんな風景くそくらえなくらい暑いので、いるあいだはずっとカーテンを閉めていた。
それでも暑かった。エアコンも病院名物の省エネ仕様だしな。
ジジイらは起きてる間はずっと話をしていて、寝ているとふたりともひどいいびきだった。
やはり耳栓は必須。
そして今回はほんの少し前にあったプライムデーで発作的に買ったキンドルペーパーホワイトを持ってきた。くわえて、Kindle Unlimitedの会員にもなってみた。
これの1ヶ月体験もしてみた。
読み放題サービスですね。これがなかなかよかった。1回に10冊しか持ち出せはしないのですが、10冊前もって詰めておいて、なおかつこれまでの在庫も全部ペーパーホワイトに入れ、多チャンネルのテレビをザッピングするみたいに本を少しづつつまみ食いする感覚はとても新鮮。
おれはひとよりもスマホやタブレットのバッテリーがなくなる感覚に過敏だったけどペーパーホワイトはその心配がかなり軽減されるのもいい。1度も充電はしなかった。あと前にもってきていたFireHDより軽いし。
とはいえ、ずっと読んでたのは村上春樹氏の「ノルウェイの森」の文庫本だったり。入院中は村上春樹氏を読んでクールな一人称「僕」の主人公気分でいることでいびきのうるさい同室のクソジジイに枕をあてながら「うるせえんだよ!」って発狂することを防止できるのがいいね。あとほどよくエロいし。未読を考えるとあと20回は入院できるな。
ということで問題はなく3日の入院はすんなり終わりました。今度の検査入院は3年目くらい(先生が変わらなければ→たいてい変わる)。そして次の通院は10月。毎回の血液検査で極端におかしな数値が出ない限りこの2ヶ月3ヶ月に1度のペースもかわらない模様。
健康が1番ですね。
痔の治療が終了したよ日記
2017年11月28日より11月30日まで痔瘻根治手術をしてきました。
それから2週間に1度のペースで通院しておりました。
通院でやることはほぼ同じで、呼ばれて肛門を出した状態で寝転がってスタンバイ。先生はひとことも発さずおれの顔もみず、肛門にあるゴムを締める作業をする。
これが死ぬほど痛い。
時間にして病院に入ってから出るまで10分もないし、そのあととなりの薬局で注入軟膏をもらって出てくるまでも20分もかからないのだけど、苦痛で苦痛でしょうがないです。
そのあと1日痛いし、鈍痛でいうと1週間弱続きます。
そしてそれが弱まったなと思ったらまた通院です。
そのサイクルが5月の終わりくらいまで続きましたね。
だから、手術前からこっち1年半以上きっちり痛いままという。
痛みが和らぐたびにそのゴムを締め直してまた痛くされるという。
いつまでこの地獄の時間が続くのだろうと思いましたよ。
様子が変わってきたのは6月あたり。
自分でスマホを駆使して撮影でもすれば様子がわかるけど、それをする気は最後まで起こらなかった。でも、さわると、あきらかにとめてあるゴムの数が減っていることに気が付きました。最初は5つくらいあったような気がするんですが、6月ともなると2つくらい。
どうも排便のときに自然に取れるそうです。それなんだなと。
それくらいにもなると普通に紙で拭くこともできますし、相変わらず通院してゴムを締められると痛いのですがそれ5つが2つになるとあきらかにこちらの負担は減るわけでね。
それでも痛いは痛いんですけどね。
6月に入ってから2週に1回が3週に1回となり、6月20日の治療のあと、4日くらいで肛門に異物感がなくなっていたことに気がついた。
ん?いいのかな?とは思いつつも普通にすごしていた。もうこのころになるとゴシゴシ拭くのも体を洗うときに洗うのもなんでもない状態になっていた。
そして7月11日にいったとき、ちらっとみるなり先生が「もう(ゴムが)なくなったね。これで終わりです。またなんかあったらきてください」とあっさりした言葉をかけて終了となりました。
2017年1年痛みと戦い、2017年11月に手術して死ぬほど痛くて、その後ずっと痛いという1年半の痛みからは解消されました。
今も多少の鈍痛(先程の鈍痛とは5段階以上レベルが低いもの)がありますがキレイなもんですよ。
ありがたいことです。
本当に本当に、なんかあったらすぐ肛門科。長引けば長引くほどたくさん肛門を先生にみせることになるし。
痔の手術を受けて4回くらい通院してみたよ日記
2017年11月28日より11月30日まで痔瘻根治手術をしてきました。
それから今までのことを書いておきます。
具体的にやったことは4回の通院です。最初は1週間後、次は2週間後。正月をはさんだのでその次は3週間後でした。次はまた2週間後です。基本は2週間おきだそうです。
通院してやることは、シートン法というゴムで縛ってあるそのゴムの縛り具合の調整です。正直どうやってるのかみてないですし聞いてません。
退院して上記のように4回くらい通院してますがその間、先生と話はしてません。肛門をみてゴムの調整をして黙っていなくなります。そのあと看護師と話して薬を処方してもらって帰るという段取り。そして仰向けに寝てあぐらをかいた状態でマングリ返しで治療されるものですから先生の顔すらみてません。肛門だけが先生の顔をみてる状態です。
特筆すべき事は退院してからずっと痛いことです。
そして治療、ゴムの調整をされる間死ぬほど痛いです。そしてそれからしばらくそれまでの「痛い」より痛いです。
すなわち、手術後もずっと痛いということです。痛いのを治すためにいってずっと痛いってどういうことかと思うけど痛いです。
この「痛い」は軽く書いてますがかなりです。
単純に転んで膝小僧を擦りむいたら化膿するじゃないですか、あるいは口内炎、あれが肛門にあると思っていただければ。そしてずっと痛いと思えば。
そしてこの痛みのおかげでなにをやるにも肛門ってけっこう重要な役割を果たしてるんだなということを思い知らせてくれます。
不思議なことに排便自体にはそんな負担はありません。ただ、まわりにゴムがあるのでペーパーで肛門をゴシゴシ拭くのが難しいのでウォシュレット、そしてウォシュレットのないところでは携帯ウォシュレットを使用して適当に洗ってからペーパーをポンポンあてるかたちです。
上記のように医者とは話をしないので、その旨を看護師に言うと痛み止めをくれました。次は、中に入れる軟膏をくれました。そして最近で、「外が痛いので外に塗る軟膏はないのですか?」とたずねたらそれを処方してもらいました。
年末年始はずっと痛いので、医者に掛かる前に使っていたプリザクールジェルを使用してました。これが効くんですわ。ただ今回塗り薬をもらったのでそっちを使ってみます。
最初の1ヶ月くらいは医者がいってたとおり出血と膿がすごかったので生理用ナプキンを毎月貼り付けてました。そのあとはだいぶなくなりましたし、こまめにウォシュレットで洗うことを繰り返してたので必要なくなりました。パンツはちょっと汚れますが。そして最近はまた血がつくようになりました。
いつになったら楽になるんでしょうか。とりあえず今は「辛い」だけです。通院が憂鬱です。待つ時間は短いし、治療は時間にして10分とないんですが痛いですから。
まー、お尻痛いと思ったらすぐにいったほうがいいね。長い目でみたらそのほうが医者に肛門晒す時間も短くなるんだし。
携帯用ウォシュレットはすごく探しました。ドラッグストア、ホームセンター、ショッピングモール、どこにもなかったし、そもそもどこにあるのかもわからない。トイレ用品なのか、痔の薬のところか、はたまた介護用品か、まあそこいらもじっくり眺めました。ありませんでした。
だから、自動車用品のコーナーでこういうのを買ってしばらく使ってました。これでも使えますが、やっぱりシャワー状に水が出るとか携帯に便利などで専用機のほうがいいですね。
素直にアマゾンで買うことを推奨します。
今度は治ったなと思ったあたりで。
痔の手術をしたよ日記
如何にして痔の手術を受けるまでに至ったのか日記
11月28日より入院して痔瘻根治手術をして30日に退院しました。
ここではそこに至るまでの話を書きます。
痔自体はすごく長いつきあいです。20代にはもうあったような気がします。
とはいえ、それはウォシュレットがあたったらしみたり、お尻を拭いた紙に血がつくというものでした。ほうっておくとなんともなくなりました。そうだな、疲れているとできる頻度が高かったかな。
それがここの闘病記を書くきっかけになった心筋梗塞を境にちょっと状況が変わりました。
心筋梗塞は血が詰まることによって起こります。だから、予防のために血をさらさらにする薬を毎日飲みます。このことが直接的な原因となるのかはわかりませんが、いざ、上記のような切れ痔状態(切れ痔なんだろうけどさ)になってもなかなか治らなくなりました。そして、頻度はさらに高くなりました。
ただ、いうてもウォシュレットでしみて血がつくくらいで。だからまあと。
その状況が変わったのが今年の春くらいです。
肛門のフチに突起状のものがでてきました。いわゆるいぼ痔ですかね。これが痛い。触ると痛いし、座る立つ寝るすべての動作に痛みで主張してくる。無意識に正座気味の姿勢を取ることが多くなります。
困ったなあとここからドラッグストアでいろいろな痔の薬をためしはじめます。
外にあるものだから、座薬タイプとか中に注入タイプはいらねえだろうと軟膏タイプを何個か買ってはあっというまに使い果たす感じで。あとになってみると外が問題じゃなかったのですね。当時は気が付きませんでした。
1番効いたのはなぜか抗生物質も入ってなくて値段も安い、プリザクールジェルです。
でも、効いてたというよりスースーしてて気が紛れてたのかもしれません。
やっぱ医者にみてもらわんとたまらんわと思いはじめたのがこのタイミング。遅いんだよね。あとになって叱られたよ。「もっとはやくきてりゃなあ」って。
ここで悩むポイントが出てくるのです。心筋梗塞のために血液をサラサラにする薬をいれてる以上、そういうのは担当医にたずねてからのほうがいいんじゃないかと。
そしてそれを忘れるんだコレが。ちょうど痛くなかったり、ほかの心配でそれどころじゃなかったりとかで。
それが忘れずにうまくタイミングが合うのが10/20の検査入院の日。
そのころにはまた状況が変わってきている。イボのようなものが小さく奥の方に引っ込む。直接さわってもなんの感覚もない。いっそカッターナイフかなんかでえぐってやろうかとも思うくらい。
そのタイミングくらいに肛門のまわりが化膿していく。あきらかに血じゃない液体が出始める。これにも一応プリザクールジェルは効くような気がしたけどもこれまでのイボは「点」で痛みがあったのだけど、今回は患部がはるかに広いのでなにをどうしても痛い。痛みは同じくらいなんだこれが。だからより辛い。
検査入院日記のときはそんな状況で入院していたのでした。お尻がヌルヌル状態ですよ。看護師にみられて手術台の上で寝ながら尿瓶におしっこしたりしてるときも。
で、尋ねたんですよ、担当医に。すごく省略してリアクションを描写すると「え、勝手にすれば?」って感じでした。もうちょっと丁寧にいうと「1回行ってこればいい。最初にいっていきなり手術とかはないし。それでなんかいわれたらまた教えて。そうしたらここの病院の外科なのかなあ?にちょっとたずねてみるよ」って。
そして肛門科ですよ。やっぱ恥ずかしいじゃん肛門科。だから抵抗あるんだけど、もはや背に腹は代えられないし、つまり担当医にそういったのは「行きます」って宣言なわけだし。
10/25に行きましたよ。クルマで10分くらいで着く個人医院に肛門科があったので。このころには「富山 肛門科」で検索してはいたのでした。
できれば休みたくない手術はしたくない。それで通いでなんとかなるならってことでここにしました。これなら無理なく通うことができるから。
朝イチにいったらすぐに通されて、横向けにお尻を突き出すような形で寝かせられるそして先生がくるなり尻タブを持ち上げてちらっとみて「あー」と。体感1秒でたぶん実際の時間も10秒ないかな。
「これは痔瘻だな」と診られました。痔瘻というのは「じろう」と読み、肛門の内側から肛門以外の場所を通って穴が開いて外に分泌液が出る状態です。膿んで体液がでてるのがそれです。
その病院は小さい病院でどうみても処置がなかったし、いろいろと事情を話していたので、とりあえず抗生物質の飲み薬と軟膏を1週間分出すから、それで効かなかったら上記のとおり担当医に相談してみてと。
「治るかなー」
っていわれててそのとおり治りませんでしたが、抗生物質いりの軟膏を外と中に注入してしばらくは痛みはなかったです。グジュグジュは改善されません。
11/17に別の病院に行くことになりました。このころは小康状態でもあったのですがこれまでの経験上12月の心臓の方の通院にはまた痛くなってそうだし、どうも心臓内科の担当医あてにならんなって。
ここにした決め手はネットで症状を前もって送っておくことができるところ。ネット受付っすね。
あと、もうひとつ近いところは土日にやってるかわりに水木休みでおれには都合が悪かったのと。
病院はネット受付みたいなハイカラなことをしてるわりには昭和からありそうな年季の入った質実剛健でありあちこちにおじいちゃんおばあちゃんな工夫(子供の写真とか新聞の切り抜きを壁に貼ってある)をしてある(たぶん年配ばかりの看護師の仕業)町のお医者さんの大きいバージョン。
受付の待ち合わせ場所にもどこから手に入れたのか巻がそろってないマンガや脈略のない小説や雑誌や絵本がたくさんある。そいでおじいちゃんおばあちゃんもたくさん。どうも整形外科で腰痛なんかのヒトが多いのだろうなと。
そこで検診。肛門科の検診は話が速いね。今回は仰向けに寝てあぐらをかいた状態でマンぐり返しの体制で診られました。でも10秒。グリグリとさわった挙句「はい分かった」と。その後の看護師に拭かれたときも痛い痛い。
「入院いつにする?」と、ズボンをあげて先生がすわってるデスクに行くなり言われる。
まちがいなく痔瘻だし、手術でしか治らないし、いまは、肛門のまわり半周だけだけど直に周囲を囲むようになるよと。そいでもってもうちょっと早かったらよかったんだけどねーと。
まあそういうことで入院決定になるわけです。
それから2週間くらい開きますが、薬的なものはないんですか?と看護師に尋ねたら「んー、痛み止めでも持っていく?」みたいなノリなんで、ああそういうのいらないんだと思って「じゃあいいです」と。
そして入院になるわけです。これが不思議なことに入院となってからは痛みがうそのようにひいていたので入院が近くになるにつけ「ぶっちしちゃおっかなー」なんても思っていました。