闘病記

心筋梗塞になって入院してからの病院関連の記録日記。そんな闘ってません。

痔の手術を受けて4回くらい通院してみたよ日記

2017年11月28日より11月30日まで痔瘻根治手術をしてきました。

sukekyo.hatenablog.com

それから今までのことを書いておきます。

具体的にやったことは4回の通院です。最初は1週間後、次は2週間後。正月をはさんだのでその次は3週間後でした。次はまた2週間後です。基本は2週間おきだそうです。

 

通院してやることは、シートン法というゴムで縛ってあるそのゴムの縛り具合の調整です。正直どうやってるのかみてないですし聞いてません。
退院して上記のように4回くらい通院してますがその間、先生と話はしてません。肛門をみてゴムの調整をして黙っていなくなります。そのあと看護師と話して薬を処方してもらって帰るという段取り。そして仰向けに寝てあぐらをかいた状態でマングリ返しで治療されるものですから先生の顔すらみてません。肛門だけが先生の顔をみてる状態です。

 

特筆すべき事は退院してからずっと痛いことです。

そして治療、ゴムの調整をされる間死ぬほど痛いです。そしてそれからしばらくそれまでの「痛い」より痛いです。

すなわち、手術後もずっと痛いということです。痛いのを治すためにいってずっと痛いってどういうことかと思うけど痛いです。

この「痛い」は軽く書いてますがかなりです。

単純に転んで膝小僧を擦りむいたら化膿するじゃないですか、あるいは口内炎、あれが肛門にあると思っていただければ。そしてずっと痛いと思えば。

そしてこの痛みのおかげでなにをやるにも肛門ってけっこう重要な役割を果たしてるんだなということを思い知らせてくれます。

不思議なことに排便自体にはそんな負担はありません。ただ、まわりにゴムがあるのでペーパーで肛門をゴシゴシ拭くのが難しいのでウォシュレット、そしてウォシュレットのないところでは携帯ウォシュレットを使用して適当に洗ってからペーパーをポンポンあてるかたちです。

上記のように医者とは話をしないので、その旨を看護師に言うと痛み止めをくれました。次は、中に入れる軟膏をくれました。そして最近で、「外が痛いので外に塗る軟膏はないのですか?」とたずねたらそれを処方してもらいました。

年末年始はずっと痛いので、医者に掛かる前に使っていたプリザクールジェルを使用してました。これが効くんですわ。ただ今回塗り薬をもらったのでそっちを使ってみます。

最初の1ヶ月くらいは医者がいってたとおり出血と膿がすごかったので生理用ナプキンを毎月貼り付けてました。そのあとはだいぶなくなりましたし、こまめにウォシュレットで洗うことを繰り返してたので必要なくなりました。パンツはちょっと汚れますが。そして最近はまた血がつくようになりました。

いつになったら楽になるんでしょうか。とりあえず今は「辛い」だけです。通院が憂鬱です。待つ時間は短いし、治療は時間にして10分とないんですが痛いですから。

 

まー、お尻痛いと思ったらすぐにいったほうがいいね。長い目でみたらそのほうが医者に肛門晒す時間も短くなるんだし。

 

 

 

携帯用ウォシュレットはすごく探しました。ドラッグストア、ホームセンター、ショッピングモール、どこにもなかったし、そもそもどこにあるのかもわからない。トイレ用品なのか、痔の薬のところか、はたまた介護用品か、まあそこいらもじっくり眺めました。ありませんでした。

 

 だから、自動車用品のコーナーでこういうのを買ってしばらく使ってました。これでも使えますが、やっぱりシャワー状に水が出るとか携帯に便利などで専用機のほうがいいですね。

素直にアマゾンで買うことを推奨します。

 

今度は治ったなと思ったあたりで。

 

 

痔の手術をしたよ日記

​11/28より入院しました。目的は痔瘻の根治手術のためです。
9時30分に入院し、部屋に荷物を置くなり、階下に降りて、通院客にまざり血圧体温と血液検査などを。そのあと、階上で点滴(抗生剤)と痛みをやわらげて不安な気持ちをなくすというすごく痛い注射をお尻に。というか、点滴もヘタな看護師だったので3回かかりました。「あ、これは痛いですね痛いです」っていってましたが痛いのはおれです。
 
そして痛いのはまだ続いて、こんどは仙骨に麻酔を射つというのを先生が自ら。これがまたとても痛い。
 
そのあと麻酔が効くまで手術台の上で四つん這いで女豹のポーズで30分くらい。おれのお尻の前で看護師たちが雑談タイム。
 
女豹のポーズ (めひょうのぽーず)とは【ピクシブ百科事典】
 
そいで「効いたかな?」といっては患部をピンセットでつまむという作業を。
 
「触ってるって感覚はあるけど、痛くないはずなんだけど」
 
ってのを何回かいわれるけど、これが痛みがあるんだよね。でも、何回かにわけていわれると、前よりは痛くないかなとは思うんだわ。だから、「効いてきたかも」みたいなことをいったらパッとはじまる。
 
と、あとは地獄絵図なのよね。100%効いてないことはないとは思うけど、まだ十分ではなかった。どうやら麻酔の量が少なかったみたいで、もう死ぬかと思うくらい痛い。ブチブチブチブチギリギリギリギリギューンみたいななにやってるかわからん機械音がする。そのたびに激痛で、さすがにおれが痛がっているのがわかるみたいであとから追加追加みたいな感じで麻酔をうっちゃ処置を何回か。
時間自体は短い。20分となかったけど人生でベスト10にはいる痛みなのかもしれない。
 
そのあと車椅子で部屋まで。あ、書き忘れてましたが紙おむつをつけてました。
 
死ぬほど痛かったのですが、そのあと死ぬほど痛いかというと処置の時よりは痛くないです。ただ、入院直前よりは痛い。痔がもっともひどいときよりは痛くないという状態。
 
そして恐ろしいことに退院後4日経ってますが、現在も痛いです。
 
それもそのはずで、施術してもらった根治治療はシートン法というもので、痔瘻で肛門のわきに開いた穴にゴムを通して肛門からかけるというもので、それにより膿をすっかり出して治すということで、痛みを治すということではかえって進行してるともいえるわけです。
 
<b>[<a href="http://daichoukoumon.com/zirounosyuzyutusetonhou.html" target="_blank">痔ろうの手術:シートン法</a>]</B>
 
よって1ヶ月はナプキンをあてておかないとそうとう膿と血がすごいよと。で、それはつまりイコール「痛いよ」と。うん、実際痛いです。おれは5箇所でしたが、もっと進行が進んで全周囲だった場合は、杖をついて歩くような感じもなるらしいです。おーこわ。
 
ということで、通常ならば次の日に退院ということですが、おれはワーファリンという血液をさらさらにする薬を飲んでいる関係で念のためもう1日と。
 
朝にすぐに終わる点滴のほかは食事以外ほぼ放置で、なおかつ手術ということで個室でしたので快適といいたいところですが、ベッドが合わないし、かたいし、角度を変えることができないところでしたので、腰と尻がとにかく痛くて寝てられないのでずっと椅子(立派な椅子がある)に座って本を読んでました。椅子に座ってお尻が痛くて、横になって腰が痛いと。
 
料理は仕出し弁当的な感じでしたが、心臓のときのように薄味ということもなく美味しく食べることができました。
 
とりあえず1週間後に行き、これから2週に1度肛門をみせに病院に通うという日々がはじまります。まあ治るならいいかと。あと、当分、ナプキン必須の日々です。もうだいぶ着けるのが上手くなりました。
 
しばらくしたら日々の暮らしのアフター日記を掲載します。その次は完全に終了になった日記となる予定です。治るといいですね。祈りましょう(おれのために)。

如何にして痔の手術を受けるまでに至ったのか日記

11月28日より入院して痔瘻根治手術をして30日に退院しました。
ここではそこに至るまでの話を書きます。

痔自体はすごく長いつきあいです。20代にはもうあったような気がします。
とはいえ、それはウォシュレットがあたったらしみたり、お尻を拭いた紙に血がつくというものでした。ほうっておくとなんともなくなりました。そうだな、疲れているとできる頻度が高かったかな。

それがここの闘病記を書くきっかけになった心筋梗塞を境にちょっと状況が変わりました。

心筋梗塞は血が詰まることによって起こります。だから、予防のために血をさらさらにする薬を毎日飲みます。このことが直接的な原因となるのかはわかりませんが、いざ、上記のような切れ痔状態(切れ痔なんだろうけどさ)になってもなかなか治らなくなりました。そして、頻度はさらに高くなりました。

ただ、いうてもウォシュレットでしみて血がつくくらいで。だからまあと。

 

その状況が変わったのが今年の春くらいです。

 

肛門のフチに突起状のものがでてきました。いわゆるいぼ痔ですかね。これが痛い。触ると痛いし、座る立つ寝るすべての動作に痛みで主張してくる。無意識に正座気味の姿勢を取ることが多くなります。

困ったなあとここからドラッグストアでいろいろな痔の薬をためしはじめます。
外にあるものだから、座薬タイプとか中に注入タイプはいらねえだろうと軟膏タイプを何個か買ってはあっというまに使い果たす感じで。あとになってみると外が問題じゃなかったのですね。当時は気が付きませんでした。
1番効いたのはなぜか抗生物質も入ってなくて値段も安い、プリザクールジェルです。

でも、効いてたというよりスースーしてて気が紛れてたのかもしれません。

やっぱ医者にみてもらわんとたまらんわと思いはじめたのがこのタイミング。遅いんだよね。あとになって叱られたよ。「もっとはやくきてりゃなあ」って。

ここで悩むポイントが出てくるのです。心筋梗塞のために血液をサラサラにする薬をいれてる以上、そういうのは担当医にたずねてからのほうがいいんじゃないかと。

そしてそれを忘れるんだコレが。ちょうど痛くなかったり、ほかの心配でそれどころじゃなかったりとかで。
それが忘れずにうまくタイミングが合うのが10/20の検査入院の日。

そのころにはまた状況が変わってきている。イボのようなものが小さく奥の方に引っ込む。直接さわってもなんの感覚もない。いっそカッターナイフかなんかでえぐってやろうかとも思うくらい。

そのタイミングくらいに肛門のまわりが化膿していく。あきらかに血じゃない液体が出始める。これにも一応プリザクールジェルは効くような気がしたけどもこれまでのイボは「点」で痛みがあったのだけど、今回は患部がはるかに広いのでなにをどうしても痛い。痛みは同じくらいなんだこれが。だからより辛い。

 

検査入院日記のときはそんな状況で入院していたのでした。お尻がヌルヌル状態ですよ。看護師にみられて手術台の上で寝ながら尿瓶におしっこしたりしてるときも。

で、尋ねたんですよ、担当医に。すごく省略してリアクションを描写すると「え、勝手にすれば?」って感じでした。もうちょっと丁寧にいうと「1回行ってこればいい。最初にいっていきなり手術とかはないし。それでなんかいわれたらまた教えて。そうしたらここの病院の外科なのかなあ?にちょっとたずねてみるよ」って。

 

そして肛門科ですよ。やっぱ恥ずかしいじゃん肛門科。だから抵抗あるんだけど、もはや背に腹は代えられないし、つまり担当医にそういったのは「行きます」って宣言なわけだし。

 

10/25に行きましたよ。クルマで10分くらいで着く個人医院に肛門科があったので。このころには「富山 肛門科」で検索してはいたのでした。

できれば休みたくない手術はしたくない。それで通いでなんとかなるならってことでここにしました。これなら無理なく通うことができるから。
朝イチにいったらすぐに通されて、横向けにお尻を突き出すような形で寝かせられるそして先生がくるなり尻タブを持ち上げてちらっとみて「あー」と。体感1秒でたぶん実際の時間も10秒ないかな。

 

「これは痔瘻だな」と診られました。痔瘻というのは「じろう」と読み、肛門の内側から肛門以外の場所を通って穴が開いて外に分泌液が出る状態です。膿んで体液がでてるのがそれです。

その病院は小さい病院でどうみても処置がなかったし、いろいろと事情を話していたので、とりあえず抗生物質の飲み薬と軟膏を1週間分出すから、それで効かなかったら上記のとおり担当医に相談してみてと。

「治るかなー」

っていわれててそのとおり治りませんでしたが、抗生物質いりの軟膏を外と中に注入してしばらくは痛みはなかったです。グジュグジュは改善されません。

 

11/17に別の病院に行くことになりました。このころは小康状態でもあったのですがこれまでの経験上12月の心臓の方の通院にはまた痛くなってそうだし、どうも心臓内科の担当医あてにならんなって。

ここにした決め手はネットで症状を前もって送っておくことができるところ。ネット受付っすね。

あと、もうひとつ近いところは土日にやってるかわりに水木休みでおれには都合が悪かったのと。

病院はネット受付みたいなハイカラなことをしてるわりには昭和からありそうな年季の入った質実剛健でありあちこちにおじいちゃんおばあちゃんな工夫(子供の写真とか新聞の切り抜きを壁に貼ってある)をしてある(たぶん年配ばかりの看護師の仕業)町のお医者さんの大きいバージョン。

受付の待ち合わせ場所にもどこから手に入れたのか巻がそろってないマンガや脈略のない小説や雑誌や絵本がたくさんある。そいでおじいちゃんおばあちゃんもたくさん。どうも整形外科で腰痛なんかのヒトが多いのだろうなと。

そこで検診。肛門科の検診は話が速いね。今回は仰向けに寝てあぐらをかいた状態でマンぐり返しの体制で診られました。でも10秒。グリグリとさわった挙句「はい分かった」と。その後の看護師に拭かれたときも痛い痛い。

「入院いつにする?」と、ズボンをあげて先生がすわってるデスクに行くなり言われる。

まちがいなく痔瘻だし、手術でしか治らないし、いまは、肛門のまわり半周だけだけど直に周囲を囲むようになるよと。そいでもってもうちょっと早かったらよかったんだけどねーと。

まあそういうことで入院決定になるわけです。

それから2週間くらい開きますが、薬的なものはないんですか?と看護師に尋ねたら「んー、痛み止めでも持っていく?」みたいなノリなんで、ああそういうのいらないんだと思って「じゃあいいです」と。

 

そして入院になるわけです。これが不思議なことに入院となってからは痛みがうそのようにひいていたので入院が近くになるにつけ「ぶっちしちゃおっかなー」なんても思っていました。

​ 検査入院日記2017 下

10/19
検査の日。
これまで検査だと左足の付け根の動脈から管を通して治療していた。だから、前日に看護師さんに陰毛まわりを剃ってもらうという儀式があったのですが、今回は右手の血管から入れるから要らないので気楽なもんです。なんで今までこれでやらなかったのか。
あとオシッコを出す管を取り付けるのもしてない。本当に楽。
 
だから相変わらず点滴だけのままダラダラとしておりました。ほぼ放置。だからこの日からきても同じだと思うんだけどねえ。
 
前回まで叔父にまかせてたけど今回は保証人で一筆書いてもらったはしたけど、お嬢様たちに立ち会いにしてもらうことに。
 
12時30分に話して13時45分からはじめる。
車椅子でいって1階の処置室に入る。4階の手術室にくらべるとだいぶ気楽な雰囲気。横になり、右手にジャバジャバと消毒薬をぶっかけられます。
服装も下は病衣のままで、上はアラブの商人のようなベスト状態。そこに心電図が貼り付けられ左手は点滴。
 
そして、「ちょっとチクっとしますよ」で麻酔。
「ちょっと押される感じあります」で、動脈に穴を開けてカテーテルを通す穴が空きます。
通ります。これまでは太ももの血管が太いので心臓のほうにきたときに「あ、なんかいるな」ってのがわかりますが、右手からの場合は入ったときから感覚がありますね。そして体中がなにかうごめいている状態。
よく虫使いの妖術で体中に虫が這い回るじゃないですか。まさにそれ。
そしてシンプルにそれは「痛い」です。とくに右手が痛い。麻酔の時から退院間際まで痛かったです。
右手の血管にばら鉄線がが入って血管がずたずたになってるんじゃないかって痛み。
これを書いているのは20日の夜で2日経ってます。腕自体の痛みはなくなりましたが管を通したところの2箇所の1mmの穴の周辺はその痛みの名残があります。
 
機械も4年前のとはまたちがっていて、4年前は真っ黒なアフリカの民族音楽の打楽器みたいな大きなものがついてたけど、今回は大金持ちのお坊ちゃんの運動会のときにばあやが丹精込めて作った重箱くらいの大きさになってました。わかりにくいよ。
 
そして相変わらず友達とゲームしながら感覚だし、検査開始前にはにぎやかだったのにあとは何人かしかいない。
放射線よけの黄色い重そうなエプロン(実際にあとで「重いです」っていってた)をつけた女性がときおり思い出したかのようにおれに「なんともないですか?」って話しかける。
寒いんだよ。これもあとで聞いたら機械の管理のためにどうしても寒くしてるそうで。おれアラブの商人だぜ?
 
と、ここで医者の雑談が熱を帯び始めるのよお。
 
イヤな予感がするのよ。おれもまあカテーテル検査の達人なわけで。救急車で心筋梗塞で担ぎ込まれたときからトータルで8回とか?(数えるのめんどくさい)
 
そして予感的中。こう言われた。
 
本来直さないと思っていた場所はバイパスがかなりきちんと動いていて下手に広げるよりバイパスにがんばってもらったほうがいいと判断したのであえてそのままにすることにしました。
ところが、(でました!ところが)
もう1本の血管がかなり弱ってることがわかりました。
ここにステントをいれることにしました。
ところがここにはプラークって脂肪のカタマリがたくさん詰まってます。下手に弄ったらそれが飛び散ってあちこちが詰まってしまい、そうなると脈拍が著しく落ちてかなり危険です。つきましては(でました!つきましては)
マタの付け根の静脈からペースメーカーを入れたいのですがよろしいですか?
 
ガビーン
 
ということでまた看護師がわーっときて、ズボンとパンツを半分だけ下ろしてちんげをそり始める。
そして尿瓶をチンポに挿入する。
みんなの前でこの辱めかよ。
 
そいでさらに処置。
 
処置自体はうまくいったけど、
下半身丸出しで、寒くて、長時間だったので膀胱が爆発しそうになる。
これ、部屋にもどったら3時間動くことができないし、おしっこをいれる管はないんだから「ガマン」になるんだよな。
それは不味いな。
ということで恥をしのんで処理が終わってから後処理をしてる看護師におしっこしますと宣言。
3人みてる(直接はみてないけどさ)前で出す。
これがでないんだ。
もう膀胱が爆発しそうなのに出ない。
超集中したらやっと出る。
そして出だしたら永遠に止まらない。
あとで、尿瓶を処理してる看護師が別の人に「大量(はぁと)」みたいなノリでみせてた。
はずかしめー。
 
ということで、腕だけだと腕は固定するけど行動が自由のはずが3時間固定。
 
そこでまたおしっこがしたくなるという事態。
 
さすがに今度はイヤなので看護師になんども3時間後になったらすぐに前貼りをはがしにきてねと頼む。
看護師自身は「尿瓶は別にあてとくだけでそんな手間じゃないから全然いいのに~」っていってたけどおれがよくないんじゃ!1日2回も看護師におしっこするところみられたら完全に性癖がおかしくなるじゃないか。
 
ということで地獄の3時間。また腰は痛いわ、前記の通り右腕も痛い。とくに処置が終わった後の止血バンドってのが痛いのよね。これ9月から新しくなったていうけど、プラスチックのタイラなところをぎゅーって押し付けている感じ。これがあとあと信じられないほど苦痛になっていく。
今回、股の付け根はこれまでの左側の動脈じゃなくて静脈だったのがあってあまり痛くはなかった。
 
そして右手が使えないので左手だけでつかえるキンドルファイヤがまたしても大活躍。
 
ということでいつもより苦しいという目に。
 
10/19
1日安息日みたいな感じ。
止血バンドははずれたけど点滴と心電図はつけっぱなしで。
 
ただ、それ以外にほぼなにもなし。看護師がたまに点滴見に来るくらい。
 
10/20
ということなので次の日の9時にサササと帰りました。
1日170円はおもったより関係なくてほぼ食事代だけでした。おれは1級障がい者なので医療費はいいのです。
 
次は8ヶ月後だそうです2018年の6月ですか。
 
あと、薬が変わりました。上記のプラークって中性脂肪のカタマリが多かったのでそれを減らす薬。
それが小さいビーズみたいなんですよね。それを朝夕2回サーッと。これが忘れそうだわ。

​ 検査入院日記2017 上

10/17
初日。前回は午前中に入れといわれて、ほぼ丸1日無為に過ごしたのですが、今回14時からといわれて助かったわ。だから仕事をして、15時30分に行ってやりました。病院から催促の電話はあったけど着いたら着いたでおとがめはなかった。ここいらは思った通り。
看護師含め病院スタッフで時間通りくることにこだわっているのは予定を管理している人だけ。あとは基本、看護師も先生も待たせなかったことがないから。あの仕事は時間にルーズになるね。
入ったのは6階心臓病の病棟。5階の脳外科と7階の婦人科以外は全入院病棟を制覇しているので最初に6階のCCUっていう心臓病用の集中治療室に最初に入ったことだし、凱旋帰国じゃわ。
 
そして入ってからやることがないのも思った通り。軽めの身長体重血圧体温あたり測り以降放置。
ま、休みだったのか担当医も現れなかったしね。
 
看護師准看護師の顔ぶれに知ったものなし。相変わらず6階は若いねでも。元気だし動きが素早い。
同室のおっさんで長くいそうなのが延々と看護師を説教したりしてるのをうまくいなしたりしてたな。
Mastodon看護学校に行ってる子が披露したテクニックの通り患者の話を受け流すように肯定肯定で聞いてるなあなんて感心していた。
 
21時消灯間際に生理用食塩水の点滴がはじまる。明日のカテーテル検査ではそこから造影剤を入れるのと生理用食塩水を入れることで造影剤による腎臓のダメージを和らげる役割があるそうです。
点滴の針を刺した子はちょっと沖縄系の顔した色黒のキュートガールですが、針刺しテストは50点でした。痛いわ。その後の別の看護師の完璧なテーピング補強で抜けることはなかったし痛むこともなかった。その方は100点。
 
ちょこちょこと病院内には変化があった。
 
これまでは自前で用意しなきゃならなかったティッシュやコップや歯ブラシや箸とはし箱などがセットでついてくるようになった。
それでまえは病衣だけ1日50円だったのが170円になった。単純に3日4日ならそっちのほうがトクかもしれないけど、ちょっといろいろと納得いかないシステムではある。
だって、コップや箸は毎日替えてもらえるわけでもなくて入院から退院まで同じものを使うって考えると自前を用意したほうがいい感じはするわな歯磨き粉もいつものを使いたいし。
なくなったり破損したらいつでも新品と替えるそうだけど。だから長期間の老人には便利なのかね。
 
テレビはみないけど、番組をみる以外の電源をいれるだけが無料ならスーパーファミコンミニでも持ってこようかと思ってたけどどうもそれはできなみたい。持ってこなくてよかった。
 
あと、TOYAMA FREE Wi-Fiってのがつながってラッキーと思ったら最近できた近くの美術館のものだったみたい。有料でいいからWi-Fiが使えるようにしてほしいわ。
 
あと、地味にいろいろ試行錯誤していたコーヒー問題。おれはカフェインジャンキーなもので。
これはまさかの最適解。売店でネスカフェエクセラの40gって佃煮ノリくらいのが売っててこれが相当都合いい。
前記のもらったコップに粉だけ入れて休憩室の給湯機でお湯を汲むこれが最強に美味い。ドリップコーヒーとか紙コップとスティック状のセットになったのとか、いろいろと紆余曲折があったけどこれだね。248円で20杯。コスパも最強。
 
あとMOLDEXというアメリカのメーカーの耳栓が超強力。
4人部屋の右下隅がおれの部屋だけど、右上隅が強力ないびき。左上はずっと鼻をかんでいるそしてそうじゃないと2人で長時間のおしゃべり。
で、左下が前記のとおり普段は静かな動けないジジイだけど気に入らないとき看護師に大説教。と、なんていうか、数え役満のひとそろいのメンバー。
それらの音が皆無になるくらい強力。
つけているとこれらの雑音がスーッと消えていく。超痛快。
ただ、看護師の話が聞こえないので何人かは機嫌を損なわれてしまった。耳栓してメガネ外して本を読んでたからね。
 
前回なかったものでいうとキンドルファイヤで本を読むってのもあった。これがまた快適。
このために「メイドインアビス」とか「村上さんところ」の完全版とか用意してたけど超いい感じ。普通の本も読んだけど次からは要らないなこれ。
 
まとめてアフィリエイト乞食コーナー
 

​ 検査入院まで日記

しばらくぶりです。
2017年3月からまた担当医が変わりました。
「そろそろメンテナンス必要かなと思いまして」と切り出される。
そう、検査入院のことですね。久しぶりだったのでもうないのかと思っていたくらいでしたがあるそうですよ。
前回が2014年でしたから3年ぶり。その間に帯状疱疹で入院してましたが、心臓の方は久しぶりです。
あ、帯状疱疹のほうは以降なんともないです。寒いと頭痛がぶり返すということもなく全く大丈夫です。それはありがたいし、それは入院して「ちゃんと」治したからだと思いたいところですね。
 
心臓を走る主要血管の1本がだいぶ細くなっているから、そこに補強のための金網、ステントってのをいれるための処置をするということです。
実にかなり前からいわれてましたけど、毎回「まあ、今は様子をみましょうかね」って案件だったんですね。
 
ということでまあ車でいうところの車検ですよということで10月17日から入院となったのです。
 
それまでは薬の量も微増微減はあるけどもほぼ同じで通院の割合も自覚できる心臓の症状もあまりないです。
 
あ、予想していた通り、炭水化物抜きダイエットはかなりドガチャカにはなりました。
 

2016年終わりごろから2017年の3月ごろまでの私

前回より1年経ちました。1年経ったことですし、闘病記的な経緯を。

 

帯状疱疹で退院したあたりからまた担当医が変わる。

 

それまでもそれからも通院のときの手順は決まっていて、まず採血。5種類くらいの検査のためにけっこう血を抜く。

そしてその検査結果が出るのに1時間強かかる。これは必須の時間のようで、どうしても待つことになる。

この間の他の患者の診察が長引くと必然おれも待つことになる。

ただ、新担当医はひとりひとりの話が非常に短いのでサクサク終わる。前の担当医は患者に喋らせたいことは喋らせるという方針だったので必然話が長い老人が立て込むと(病院はご存知のとおり立て込みやすい)、待たされることになる。

それがなくなったので非常に好感を持つ。

その担当医が6月の終わりくらいに「炭水化物抜きダイエット」をすすめる。自分もやって挫折したけど心臓の負担も減り、肝臓の負担になる薬を減らす事ができていいと。

だから、「なんちゃって」のつもりではじめてみた。

ストイックに正確にやるといろいろあるけど、結局のところ、白米とパンとお菓子を極力食べない生活にするってところに落ち着いている。そして毎週水曜日の休みはリミッター解除ということで。

食べなくなると実感するけど白米は甘いね。お菓子のように甘い。あ、お菓子も甘いけど。

これ、最初の1ヶ月で10キロぐらいガタンと減ってそこでずっと足踏みで現在に至るというカタチ。ただ、めっきり少食になる。

そして、薬も劇的に減った。2割位減らすことになった。

ただ、それで問題が発生。

痩せたことによって薬が効きすぎる事態が起こる。

なるほど体調の変化になるわけだからな。

そういうわけで年末からちょっと前まで、これまで2ヶ月に1回の通院だったのが2週間に1回と4倍くらいの頻度になる。

増やしたり減らしたり調整してやっと落ち着いたのがつい先日でした。

結果として薬を減らすことには成功しますが大変だった。仕事休んだりしてたわけだし。

 

そして驚きなのか恒例なのかわかりませんが、また担当医が変わることを知らされるという。

 

わしゃ、「相棒」の右京か!